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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)4675号 判決

原告 中川種雄

〈ほか三名〉

原告等訴訟代理人弁護士 朝山二郎

朝山善成

北区天神橋筋二丁目商店会こと 被告 天二商店会

右代表者会長 仲泰州

右訴訟代理人弁護士 押谷富三

辺見陽一

主文

一、原告等の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

(当事者の申立)

原告等は、「被告は別紙物件目録記載の宅地の東側道路上において右宅地に隣接して設置されたアーケード用鉄柱および鉄梯子各一本をそれぞれ撤去せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。

被告は主文同旨の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

原告等が本件宅地を共有しているものであり、被告は天神橋筋二丁目商店街の商人等が相互扶助の目的で結成している権利能力なき社団であることは当事者間に争いがない。

そこで、被告が本件鉄柱等を設置した行為が、権利の濫用であり、原告等の本件宅地に関する共有権を侵害するものであるかどうかについて検討することとする。

先ず、被告が昭和四三年四月ごろ本件道路にアーケードの建設工事を開始し、本件宅地の間口中央附近の東側に隣接した本件道路上に本件鉄柱等を設置したこと、原告等共有にかかる天神橋筋二丁目所在の本件宅地の約半分と他の一筆の土地全部が空地であること、本件宅地は北側、南側および西側の三方が他人所有の土地に囲まれ、出入口は東側の本件道路に面する部分のみであること、現在右アーケードが完成していることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実と、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

一、天神橋筋二丁目は、戦前天神橋筋を代表する商店街であったが、戦後ターミナルを外れたため客足が減少し、しかも天神橋筋三丁目から六丁目までには立派なアーケードが建設されたため、より一層客足の減少に拍車をかけた。そこで被告商店会では、昭和三九年三月一五日開催の定時総会において、天神橋筋二丁目の商店街(本件道路)にアーケードを建設する緊急議案が上程されて、その研究、準備のためのアーケード建設準備委員会が発足し、次で昭和四〇年三月二八日開催の定時総会において、アーケード建設の方針が本格化し、前記準備委員会を解消して、アーケード建設委員会が新たに設けられ、これが中心となって工事内容、資金計画などの建設事務を推進し、昭和四二年一〇月二九日開催の臨時総会において、松原建築事務所長をして設計図を示して工事内容を説明させるとともに建設予算や各自の分担額などを最終的に決定した。その後八洲鉄工株式会社は被告から右アーケード建設工事を請負い、昭和四三年四月ごろ着工し、約四ヵ月後にこれを完成、引渡した。

二、ところで、本件訴訟において問題となっているアーケード用鉄柱につき、被告は、本件道路にそれまで存した日除用鉄柱を撤去し、その跡にこれを設置することを原則とし、前記総会の席上その旨説明して列席者の了解を得てきた。

三、本件宅地は、北側、南側および西側の三方が他人所有の土地に囲まれ、出入口はただ東側の本件道路に面する部分のみであるところ、本件鉄柱は本件宅地の間口中央附近の東側に隣接した本件道路上の、道路端から約五〇センチ離れた位置に、大体二〇センチ角の太さで設置され、それに本件鉄梯子が取りつけられている。しかしながら、本件宅地は現在南半分が空地であり、残る北半分に原告等共有の(一)木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二二平方米四八と、(二)木造瓦葺平家建店舗兼居宅一棟建坪五五平方米〇七(ただし現況は一部二階建)が前後して存在するところ、本件鉄柱等は、前記(二)の建物の賃借人酒勺正義の要請に基づいて、日除用鉄柱が存した位置より南へ約一米ずれているが、前述の日除用鉄柱を撤去した跡に設けるとの原則にほぼ従って設置されたものであり、かつ右空地部分と前記(二)建物の敷地部分(ただし通路部分を含む。)の境目の延長線上に設置されているものである。

四、原告等は、前記(一)建物を道信エンに、同(二)建物を酒勺正義に、それぞれ賃貸してきたが、道信が死亡したことなどから前記(一)建物は現在空家となっており、同(二)建物については、酒勺正義が家主に無断で建増をしたことを理由に賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、現在右建物明渡を求めて係争中であるが、それだからといって、原告等は近い将来前記(一)、(二)の建物を取毀して、右空地部分と合わせ、本件鉄柱等をまたいでビルを建築するなどの具体的利用計画を有しているものではない。

以上の事実が認められ、これを左右すべき証拠はない。

そうだとすると、現時点においては、本件鉄柱等の存在により、前記空地部分や前記(一)、(二)の各建物敷地部分のそれぞれの利用関係ないし交換価値、ひいては本件宅地の利用関係ないし交換価値に支障を及ぼし、また及ぼすおそれが現に存在しているものと解することはできない。

原告等は、本件宅地の利用関係は早晩変更され、本件鉄柱等をまたいで本件宅地を利用するにいたる可能性が大きく、そうなれば本件鉄柱等の存在が本件宅地の利用関係ないし交換価値を不当、かつ大幅に減殺する旨主張するが、前記認定の事実に即してみると、本件鉄柱等をまたいで本件宅地を一体として利用するというのは全くの仮定的事実に過ぎず、それをもって前記判断を動かすことはできない。

なお、原告等は、本件鉄柱等を現在の位置にどうしても設置しなければならない建築技術上の必然性はいささかも存在しない。それにもかかわず、原告等が、本件鉄柱の基礎工事がはじまるや、早速その位置に関して抗議し、その後も度々折衝を重ねてきたのに、被告の役員等は原告等の右抗議を無視して、本件鉄柱等を現在の位置に設置したことの不当性などを強く主張している。この点につき考えるに、被告が原告等に対しアーケード建設資金の負担を依頼したこと、原告等が右負担金の引受を拒否したこと、時期は別として原告等が本件鉄柱の設置につき異議を述べたこと、原告等が被告を相手方として当庁に本件鉄柱撤去の仮処分申請をなしたこと、その審尋手続中裁判所から和解の勧告をうけたが、それが不調に終ったことは当事者間に争いなく、右争いのない事実と、≪証拠省略≫によると次の事実を認めることができる。先ず、本件鉄柱等を現在の位置にどうしても設置しなければならない建築技術上の必然性はなく、現に本件アーケードの他の鉄柱は各商店の間口によってそれぞれ違った間隔で建てられていること、原告等は昭和四三年四月二〇日ごろ本件鉄柱の基礎工事がはじめられているのを見て、早速被告のアーケード建設委員会等に対し、本件鉄柱の位置につき抗議し、その後数回にわたり折衝を重ねてきたが、右役員等は、従来アーケード建設資金の負担金の引受を拒否してきた原告等に対し右負担金を支払うなれば、本件鉄柱を移転してもよいなどと申向けるのみで、原告等が右負担金の引受をなおも拒否するや、原告等の抗議に応じないで、現在の位置にこれを設置したこと、そこで原告等は被告を相手方として本件鉄柱撤去の仮処分申請をなし、その審尋手続中裁判所より和解の勧告があったが、それも不調に終り、右申請は緊急性がないとの理由で却下されたこと、その後被告は本件鉄柱に本件鉄梯子を取りつけたこと、本件アーケードが完成した現在、本件鉄柱等を前記(二)建物と、その北側に存する隣家との境目の延長線上まで移転するとして、それに要する費用は大体一七万円余であるが、原告等が前記抗議をしたときは、本件鉄柱の基礎工事をはじめたばかりの時期であったから、同じく移転するとしてもそれ以下の費用で済んだものであり、かかる出費は本件アーケード全体の工事費からみれば僅少のものであったこと、ところで被告において、原告等の前記抗議を実際どのように検討したものか証拠がないので明らかでないが、前述のように被告のアーケード建設委員等が原告等の抗議に対し負担金の支払を要請し、それが拒否されるや、本件鉄柱等を現在の位置に設置した一連の行動について、原告等が強い不満を持っており、それが至極もっともだと受取られること、以上の事実が認められる。他方、本件鉄柱等は、前述のとおり被告がそれまで存在した日除用鉄柱を撤去し、その跡に設置するとの原則に従って設けたものであり、かつ、そのことは被告の前記総会の席上列席者に説明して了解を得てきたものであること、原告中川種雄は右総会のうち臨時総会には案内をうけて出席しながら、途中で退席したため、ついに本件鉄柱等が現在の位置に設置されることを予め知ることができず、本件鉄柱の基礎工事がはじめられた時期にいたってはじめて右の事実を知ったものであって、被告が原告等に対しことさら害意をもって、かつ隠密に、本件鉄柱等を現在の位置に設置しようとしたものではないこと、本件アーケード類は物理工学的には耐用年数が二、三〇年であるが、デザイン等に強く影響されるので、実際には一〇年から一五年で建直す例もあること、なおそれまでに本件鉄柱等をまたいで本件宅地上にビルを建てることになっても、ビルの構造いかんによっては、ビルの梁桁を伸ばし、これを本件鉄柱代りとしてアーケードを支えさせることにより、本件鉄柱等を取除くことも可能であり、その方法は費用も比較的安くて済むなど、ビルの構造いかんによっては本件鉄柱等の問題解決のための方法を双方協議してみる余地もあること、以上の事実が認められる。右認定の諸事情と、先に認定したように現時点においては本件鉄柱等の存在により本件宅地の利用関係ないし交換価値に支障を及ぼし、また及ぼすおそれが現に存在しているとは解し難い事情を合わせ考慮するときは、原告等が本件宅地の現状を、将来のいつの時期に、どのような内容の利用関係に変更するか、全く不確定な現時点において、被告が本件鉄柱等を設置したことをもって権利の濫用であり、本件宅地に関する原告等の共有権を現に侵害するものとして、本件鉄柱等を直ちに撤去すべきだという合理性ならびに必要性がいささか乏しいといわざるを得ない。被告が、原告等の前記抗議などがあったにもかかわらず、本件鉄柱等を現在の位置に設置したことは、原告等指摘のとおりもとより重視すべき事項であるが、原告等の右抗議などについては、将来本件宅地の新たな利用方法が具体化し、本件鉄柱等の存在が本件宅地の利用関係ないし交換価値に支障を及ぼし、また及ぼすおそれが顕在化した段階において、本件鉄柱等の撤去を求めるなどの権利を留保したものとして取扱うべきものであり、かつそれをもって足りるものと解するのが妥当である。

他に被告が本件鉄柱等を設置したことをもって、権利の濫用であり、本件宅地に関する原告等の共有権を現に侵害するものとして、直ちに本件鉄柱等の撤去を肯定すべき事情は見当らない。

よって、原告等が被告に対し現在本件鉄柱等を撤去すべきことを求める本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高山健三)

〈以下省略〉

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